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最近夫が、突然スラムダンク全31巻を大人買いしたと思ったら
今度は井上雄彦・画の親鸞ポスター(二枚組)まで購入し ![]() 現在我が家に謎の井上雄彦ブームが巻き起こっています。 本題ですが、 先日佐世保のとある町にて 初節句にお祝いをくれた父の古い友人、Hさんにお礼を渡すべく 父から聞いた住所をたよりにHさんの表札を探してゆっくり車を走らせておりました。 Hさんには学生のころから何かにつけて父を介して お祝いやお土産を頂いていたにもかかわらず一度もお会いした事がなく、 出産祝いを頂いたときにようやく内祝を郵送したくらい。 一度もご挨拶しないのはさすがに失礼であろうと 息子を連れてお宅に訪問することにしたのでした。 それにしてもHさん、父の話によると なんでそんなに⁈というくらい父の世話を焼いてくれ、 娘の私に、さらにその息子にまでお祝いをくださったりと 何故にそこまでしてくれるの⁇というのが 常々とっても疑問でした… 道すがら夫が、「Hさん、実はゲイでお父さんのこと狙ってるんじゃね?」と 超・失敬な事を言い出しさらに 「ちょっと勇気出して聞いてみてよ。父とは本当はどういう関係なんですかって(笑)」 と、もう失礼通り越してゲスいところまできた夫に ウンザリしてきたところでHさん宅を発見。 来てしまったものの、初対面で父もいないのにお礼以外に何話したらいいのだろう…と ドギマギしつつインターホンを押しました。 するとだいぶお年を召された奥様が出迎えてくださり、 アレ、年上とは聞いてたがHさんもかなり年配の方なのかな? と思ったところでご本人登場。 Hさんは父よりもだいぶ年上であろうと思われるご老人だったのでした。 父が一緒でないことを知ると 「そうですかー、昨日連絡うけて、てっきり一緒にいらっしゃるのかと思ってました。 お会いしたかったのに~」 と非常に残念そう。 脳裏をよぎるHさんゲイ説(奥さんはカモフラ)を必死に掻き消し、 客間に通されテンパりながらもまずは内祝の品を渡してお礼を述べ、夫・息子を紹介。 幸い息子がHさんにも奥さんにも機嫌良く抱かれ、 愛嬌をふりまいてくれて場がなごみました。 出されたリンゴジュースをものすごい勢いで ストローで吸い上げる息子を眺めながら しばし談話。 仕事や住んでいるところについて聞かれたり 最近これで4度目となる 目の手術を終えたばかりの父の経過を心配して下さったり。 父との出会いについても教えてくれました。 二人は米軍基地関連の仕事で知り合い、 色々と父から相談をうけることがあって 真面目すぎる父をなんだかほっとけず、 それから今に至るまで何十年も ずっと気にかけてくださっているのだそうです。 なるほど。全く知らなかった。 さらにHさんは自身の略歴も話してくれました。 若かりし頃は日本海軍で兵の指導などを行い、 様々な任務で世界30カ国ほどを飛びまわっていたのだそう。 「英語はもう忘れかけてますけど…」とおっしゃるけども …カッコイイ… 隣で夫の目があからさまに輝いていくのがわかります。 その後第二次世界大戦が始まり Hさんは広島と長崎両方の原爆の後処理、被爆者の救護に従事したそうです。 …い……生き字引‼ 更に更に輝く夫の目‼ 「あれはね…可哀想とかっていうんじゃなくて… 人間の感情を持ったままでできる作業ではなかったです」 Hさん、涙を浮かべているように見えます。 あまりの言葉の深さに私は何と相づちを打っていいかもわからなくなってしまいました。 「天皇陛下に肩をたたかれたんですよ。日本を頼むよと、 大勢いた中の何故か私の名を覚えてて下さって声をかけられたんですよ」 夫の目が完全に尊敬の眼差しに‼ 謝れよ‼ゲイ疑惑かけたことを‼ 「陛下との約束を守らなければ、と頑張ってきましたが…」 やはり、涙ぐんでいらっしゃいます。 ここからの話は衝撃的だったのですが、 原爆の処理で受けた放射能の影響が三年前にあらわれ Hさんはリンパのガンに侵されているのだそうです。 国から被爆者の認定を受け、 毎月抗ガン剤による治療を受けているとのこと。 三年前て…原爆投下から64年経ってから 放射能の影響があらわれたということになります。 「……」 改めて知る核の恐ろしさに言葉を失う私と夫。 「ウオオオオ!」 ストローを引っこ抜いて振り回し奇声をあげる息子。 陛下との約束を守らねばと思ってきましたが、とHさんはもう一度小さくつぶやき 「私はもういつ死ぬかわからない、 これからはあなた達がいい世の中を作っていかなければならない。 全ては家庭にかかってるんですよ。 この子をしっかり育てなさい。がんばってね。」 と言われ なんだか泣きそうになってしまいながら お土産まで頂いてHさん宅を後にしたのでした。 「Hさん、立派な人だったなあ…」 会ったことないような人からお祝いとかもらっても お返し考えるの面倒臭いし困る、とか言ってた上にゲイ疑惑までかけていたくせに 帰り道では「もっと話聞きたかったなー」などと すっかりHさんの見方が変わった様子の夫。 調子良すぎるしとりあえずHさん宅に向かって土下座したら、 とは言わないであげましたが。 Hさんからは、他にもここには書いてない貴重なお話も色々と聞かせていただきました。 日本を作ってきた人間の言葉って重みが違う。 悲しいですが、こんな話をしてくれる人たちもいずれいなくなります。 こういう方々に恥じないような人間に息子を育てねばならないな、と チャイルドシートで白目むいて半分寝つつも おやつのパンを口に運ぶ息子を見つめながら 初めて育児についてそういう風に考えた 貴重な一日となりました。
五月五日、
自宅に義両親と私の父、兄を招いて息子の初節句を祝う宴会を開きました。 正確に言うと、初節句は昨年だったのでしょうが… まだ去年の子供の日は生まれて間もない時だったので、 一歳バースデーとまとめて今年やることにしたのでした。 髪をセットされ通販で買った紋付袴に身を包んだ息子が ベビーラックの王座にドッカと座り バックにはスタジオで撮影した写真を引き伸ばして作った息子ポスター、 ミニサイズの鯉のぼりと花菖蒲で端午の節句らしさを演出。 息子の両サイドには両家の親からの献上品(三輪車、車のオモチャ)が並べられ じいちゃんばあちゃんが猫なで声で全力で息子をチヤホヤするその様子は THE 初孫、THE 一人っ子の特権ここに極まれりといった感じ。 ![]() 三輪車に乗るわ車に乗るわでノリにノッている息子… 調子にだけは乗ってくれるなよ!と思っていたら なんと夫のほうが調子に乗ってパーティーの後半泥酔し、 ゲストほったらかしで寝るという失態をさらして 父がドン引きしてましたが… まあそれ以外は問題なく、息子のお祝いを終える事ができました。 この日のために家具を買って家の中を整理したり、お祝い返しを用意したりと 前日まで準備に忙しい日々を送っていたので やっと終わったなあ、と一安心しているところです。 そして翌日。 やった。 やってやった。 ![]() 息子の前髪を念願の「パッツン」にしてやりました。 パーティーの時は髪をセットしてやりたいから切るのはその後にして、と夫に言われ この時を楽しみに待っていたのでした。 グループサウンズみたいでなかなか似合う。 一歳はこんな感じでいこうと思ってます。
息子を夫実家に預けて、久しぶりの登山部活動を行ってきました。
夫の足にはまだ不安が残るので 今回は難易度が低いという、北九州の皿倉山に挑戦しました。 比較的ゆるやかな登山道を一時間ほど登っていき、 幸い夫の足が痛む事もなく頂上にたどり着くことができました。 ![]() 皿倉山の頂上は展望台やレストランのある公園になっており、 登山ではなく車やロープウェイで遊びにきている人々が沢山いて そんな雰囲気の中で、いつものような登山の達成感みたいなものが か~なり薄かったのはいたしかたありません… ![]() リュックしょって首にタオルまいた登山スタイルの人間は私達だけ。 夫なんて他の人から 「うわ あの人、汗びっしょり」なんてひそひそ言われ、 デリケートな彼はちょっと傷ついていました。 そんなだったのでなんとなく、 頂上で持参したお昼ごはんを広げて食べるのは居たたまれなくなり 少し降りた所にある無料休憩所にて昼食。 この日のメニューは 買ってきた助六寿司とからあげ、 手作りのスコーンと魔法瓶に入れてきたコーヒーです。 ![]() こうして無事にリハビリ登山を終え、自信がついた夫。 もう足は大丈夫みたいだし次は阿蘇だ!などと言ってた矢先 新しく買った棚の組み立て中に今度は腰がクラッシュしてしまい(またかよ!※2011年9月参照) 今ふたたび息子を抱っこすることもできず おしりをちょっと突き出したような妙な歩き方で 腰の痛みをかばい生活する日々です。 ああもう…面倒臭いわコイツ とは言わないでおいてあげています。
早いもので、先日息子が一歳の誕生日を迎えました。
特別な事は何もしなかったけどバースデーケーキだけは ![]() 「1」のかたちに食パンをカットして重ね、 水切りしたヨーグルトとフルーツでデコレーションして自作してみました。 けっこうな量だったのに息子がほぼ完食してくれて 作ったかいがありました。 それにしてもちょっと前までフニャフニャで だっこされるか寝転がってるしかない THE 赤ちゃん だったアイツが今ではこんなですよ… ↓↓↓ 赤のオープンカーは男のロマンっしょ と言わんばかりに新車を乗り回し ![]() 感性のおもむくままにウクレレをかき鳴らし作詞・作曲。(聴き取り不可能) ![]() 家中の棚や引き出しの中身をハデにまき散らし悪業三昧。 ![]() ![]() 軽くテロです。 やめろや! 本気で叫びたくなる そんな日もありますが騒々しくも楽しい毎日。 今後も笑わせてくれることを期待して これから息子テロの後処理にとりかかります。
先日私達一家+義両親の計五人で
夫の実家近くの写真スタジオを訪ねました。 目的は息子の初節句記念の写真撮影…。 いろ~いろ嫌な予感が頭をかすめるなか スタッフさんに案内されまずは説明を受けることに。 料金システムをきいてみると、 撮影料2100円、プリント代6300円から。 それは事前に確認済だったので良いとして 自宅でハガキなどに使うために写真データを買うとなればさらに6300円、 しかもプリントをした写真と同じものでなければデータを販売できない という説明を受けたあたりで夫がイラっとしはじめ、 その後無料の貸衣装を選ぶ段階で 和服は赤ちゃんサイズのものが二着しかなく ただでさえデータのお値段の事で機嫌をそこねた夫が係の人に向かって 「え~ もっとあるのかと思った」と不満全開。 かくして第一の予感「旦那がクレーマーと化す」が的中し ヒザから崩れ落ちたい気持ちになりましたがそこはグッとこらえて (とにかく私はクレームをつけたりするのが大の苦手です。相手が感じの良い人ならなおさら。) 気を取り直して衣装を二択から選択! どうせならより笑えるほうにしてまえ。 なかばヤケクソで時代劇のお代官様風の水色の着物をチョイス。 セットのある場所に移動し息子のお着替え開始!… しかしここで第二の予感「息子がビビって大泣きし撮影が滞る」が現実のものに! 私が泣きたいわ‼ どうにか衣装を着せようとするが 私にすがりついてギャン泣きし、もうどうにもなりません。 結局私がいるとよけいに甘えて泣くからということで 私は物陰に身を隠し、少し息子が落ちつくのを待って 夫とお義母さんでどうにか着替えを済ませました。 それから髪型をセットしてもらい 兜を飾ってあるセットの前に座らせ撮影スタート。 最初はやはり大泣きでしたがそこはプロのカメラマン&スタッフ。 息子にボールを転がしてあげたりして手馴れた様子であやします。 まんまとご機嫌を直した息子、次々とシャッターがきられていきました。 その様子を見て、不機嫌だったはずの夫もだんだんテンションが上がってきたのか スタッフの方と一緒になってボールを放ったりしながら息子の気分を盛り上げます。 「こっち見て!フーゥ‼」 「かわいい~!ウヒョーォ‼」 テンションMAXの夫とスタッフさんのなんだかよくわからない声援が響き渡るスタジオ内。 物陰から星飛雄馬の姉の如く見守る私。 なんなんだ、これは…。 しまいにはカメラマンさんの横で 「いいっすねえ‼今のショット‼」とか言い出した夫。 オイオイあんたさっきまで文句タラタラで もう帰りてぇとか言ってたやないかい。 いいけど。結果オーライだけど。 ![]() こうして撮影は無事終了。 撮った写真を店内のパソコン画面で確認し、どのショットを買うか決めることに。 最初説明を受けた時は値段に不服そうだった夫も この時点では完全に気分がノッていたため、予定より多く購入。 データは1ショットぶんお店がサービスしてくれました。 息子の初節句に間に合うよう仕上げてもらうことにして 今は楽しみに待っているところです。 五月五日は息子の初節句、 ささやかな宴会を行う予定です。どうなることやら。
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